「つるつる」と「ざらざら」

膝は直りつつあるものの、修論への憂鬱に負けてテレビを見ていると、
建築家の安藤忠雄さんが独特の関西弁で面白いことを言っていた。


「ながーく残るのはね、こういう『ざらざら』したものなんですよ。つるつるじゃなくて。」




三日くらい前の昼間に放送されていた、安藤氏の建築物を巡りながら、設計や完成後のエピソードを聞くインタビュー番組(再放送?)。その中で、氏の代表作「光の教会」について話している場面に出てきたセリフだ。


茨木春日丘教会



外部とつつぬけの十字架スリット窓が賛否を呼んだらしいこの建物。寒そうだが、偶像崇拝しないためにはこれがベストなんだそう。大阪の茨木にある教会だ。


その中に配置された机と椅子は、工事用の足場板を使って割と「がさつ」に作ってある。それをして、安藤さんは「ざらざらが長持ちする。つるつるはだめ」と言った。

「信者の方がね、メンテナンスしてずっと使っていけるようにしようと思って、こういうざらざらしたものを選んだんですよ。結局、人間でも何でも、長く残るのはざらざらしたものでしょう。つるつるしてるものよりも、こう、ちょっと引っ掛かりがあるというか、不完全なもののほうが、長持ちするんです。」



確かに人間でも、ざらざらした人は「ワイルド」というか、長生きしそう、もとい、生き残りそう、サバイブしそうである。ふっと浮かんだのはクリント・イーストウッド。あれは歳をとったからざらざらしてきたのか?


逆に、ボディビルダーを見たときに感じる「危うさ」は、「つるつる」であることの不安なのだろう。
なかやまきんに君なんかは、戦場に出て行ってもすぐ死にそうである。


それを突き詰めると、赤ちゃんがつるつるだとか、そもそも人間は毛が退化してつるつるになったものだから、とか、生物学的な話になる。確かに、爬虫類や甲殻類のザラザラ感は、ある種の強さの証明なのかもしれない。恐竜まで戻るともっとリアルか。



男のアンチエイジング型の消費戦略がなんとなく上手くいかないのも、それが理由なのかもしれない。でもメンズエステとか男の肌ケアとか、増えてきたしなぁ。間違いなく社会は「つるつる志向」である。

また、手塚治虫はディズニーアニメのセル画肌、つるつる肌に萌えていたらしいが、オタクたちもその延長線上で「つるつる志向」を続けている。そういう点では、二次元も三次元も変わらない。(貧乳志向は…また別の問題だろう。)


女性のアンチエイジングは、対象のために敢えてナルシシズムに浸る場合もあるわけだから、「つるつる」=「サバイバル」で…。ちょっと複雑だ。これは保留ということで。




そんな「ざらざら」と「つるつる」は、体に限った問題ではなくて、心にも通じる。


「心がざらざら」を言い換えると、それは村上春樹の田村カフカ君が目指している「タフさ」になると思う。「ストロング」じゃなくて「タフ」、それがこれから*1求められていく「強さ」になると、『海辺のカフカ』は伝えているように僕は思えたのだが、それは「つるつる」のままじゃなくて「ざらざら」になっていけというメッセージだろう。



とすると、「今の、臭い物にはフタという社会はいけないんじゃないか!テレビも!学校教育も! つるつるじゃなくて、ざらざらした現実に慣れさせなさいよ!」という話になって、ゾーニングがどうとかいう教育論的展開に…。ややこしい議論だ。




それよりも、もっと個人のレベルで「ざらざら」を志向しなきゃな、と思ったときに、ちょうど思い出したのがTVBrosのコラム。「タフさ」を目指すためのトレーニング方法(めいたもの)が、先月号に載っていた。
細野晴臣星野源の地平線の相談」

・映画の嫌なシーンがトラウマになってしまいました。


細野 そうそう。昔、息抜きにオールナイトを観に行ったの、池袋まで。「何でもいいや」ってふらっと入ったら、『悪魔のいけにえ』だったんだ。


星野 よりによって(笑)。

細野 ちょうど神経を病んでいた頃でね。

星野 それはまずいですね。


細野 殺人鬼が女をフックに引っかけるシーンで、脳天にず〜んと衝撃が走って。映画館を飛び出しちゃったくらい。「嫌なものを見てしまった」って、しばらく悩んだんだよ。でも、「これはバッド・トリップだから、逃げるわけにはいかない」と思い至って、その後、ホラー映画をおずおずと観だしていったわけ。


星野 逆に。

細野 治療のために。

星野 すごいですね。


細野 でも、それは正しい方法だったんだよ、後で知るんだけどね。強迫神経症とか、パニック障害とか、あるシチュエーションが揃うと必ずその症状が出る場合は、なるべく違う方向へ行こうとするんだけど、それはダメ。逃げちゃうと治んないの。


星野 ああ、なるほど。それはあるかも知れないですね。

細野 ちょっとずつ近づいていくといいっていう。それを実践したんだ。

星野 その姿勢は大事かも知れないですね。


(TVBros574号 p17)


とりあえず、嫌なとこ、やばいとこに、行けるうちに行っとけ、ということだろう。
たしかに、つるつるをざらざらにするには、タフになるには、それが一番な気がする。




「ざらざら」に、「タフ」に、なるためには、痛めた膝に臆することなく突き進めばいいんだ!
そう思って、エスカレーターではなく階段を歩くようにしたら、横浜駅で痛みが再発した。


細野さんの論は間違いかもしれない。

*1:アメリカ式の「ストロング」が限界を迎えたからかもしれない