勝間和代『断る力』 −「待つ力」の方が必要だと思う。
断る力をはじめ、勝間和代の本を読んでいてどことなく腹立ちを覚えるのはなぜだろう、その心をずっと考え続けてきたが、やっと分かった。それは、勝間の指摘が、読者の「いま、やろうとしたんだよ!」という心を絶妙に突いているから、だ。
「せっかく今、やる気になってたのに! 勝間さんに言われたせいでやる気なくなっちゃったじゃないっすかー。」「やらなきゃいけないのは、分かってるんすよ!」これが、勝間批判の源泉にある怒りだと僕は思う。
責任転嫁と言われればそれまでだが、「責任転嫁してたなぁ」と気づくには、人間、時間がかかるのである。
- 作者: 勝間和代
- 出版社/メーカー: 文藝春秋
- 発売日: 2009/02/19
- メディア: 新書
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『断る力』のポイントは、自身がご本の中でおまとめになっていらっしゃるので、それを引用する。
(というかこれさえ読んで腑に落ちれば、本を買う必要はないと思う。ただ、本を読むのには時間がかかるし、そうした時間をかけないと人は物事を理解しづらいので、読んでいる時間=理解する時間とすると、読んだ方がいい場合も、ある。本の最大のいいところは、読むのに「時間がかかる」ところである。という蛇足。)
◎あなたが言葉を使って言わなければ、絶対相手は分からない(38ページ)。
◎断ることで失うものよりも、得られるものの方が大きい(66ページ)。
◎「なぜ嫌われるか」の原因を分析しよう(89ページ)。
◎嫉妬されるぐらいの人になろう(105ページ)。
◎「悪意」の奥底にあるバックグラウンドを理解しよう(118ページ)。
◎私たちは自分の扱い方を人に教えている(128ページ)。
◎「断る力」を身につけるには、相手との「対等」な人間関係が必要(133ページ)。−−−『断る力』勝間和代(p140)
「言葉を使って言わないと、相手は分からない」
そのとーり!
「断ることで失うものより得るもののが大きい」
ごもっとも!
「嫌われる訳を分析しなさい」
わかりました!
「嫉妬されるぐらいの人になろう」
イエス、サー!
「相手の悪意のもとを探るのよ」
やってみます!
「自分の扱い方はよく知ってるわよね、それを相手に伝えるのよ」
OKです!
「『他人を見下す若者たち』も、『やさしい関係』もダメ、対等になさい」
返す言葉もありません!
でも勝間さん!
僕たち、今それ、やろうと思ってたんです!
いくらやろうと思っても上手くできなくて…。
うじうじしてたら急にやる気が湧いてきたんですけど、
勝間さんが大声で「やれ!やれ!」って言ってるのを聞いちゃって…
ちょっとやる気なくなっちゃったんで、
少し時間もらえませんか…。
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そんな風に、氏の言っていることはとにもかくにもごもっとも。精神論でもない、身近なところから出来る論理的な方法がいっぱいで勉強になる。皮肉を言っているわけでもなく、これからの「自己責任」の時代に、自分で考えて自分を売り物にしながら生き延びていくために、必ず必要になるアイデアばかりである。
でも、みんながみんな勝間さんみたいに、キーを回したらエンジンがすぐかかるわけじゃない。
5分くらいかかる人も、1時間かかる人も、1日かけてもかからない人すら、いる。
だから、待つことも必要なんじゃないか、と思う。
それはスピード命の現代社会にはなかなか難しいことなのかもしれないけれど。
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「断る力」が発揮できる社会というのは、コミュニケーションが代替可能な社会である。
誰でもかれでも自由に選び、選ばれる可能性がある社会になりつつある今、やっと効力を持ち始めた考え方だ。しかしそれは、「私」の代わりはいくらでもいる、という前提がないと成り立たない。そして多くの人は、「私の代わりはいくらでもいる」という前提に、なかなか耐えられない。
「私は私を本気で必要としてくれ、かつ私の力が発揮できる(できやすい)ところへ行く。」というのが氏の身の振り方の柱であろう。そうして、みんなも、妥協する力と断る力の両方を上手く使って、自分の力の発揮しやすいコミュニティへ向かうよう的確な判断をしていけば、幸せになれる、という論だ。
しかし、そんなのはやはり強者の理論で、「選べる」地位と能力がある人たちにしか、適用できない。
先ほどの引用部分を少しオーバーに書き換えると、
◎あなたが言葉を使って言わなければ、絶対相手は分からない(38ページ)。
※ただし、自分の言いたいことを的確に伝える力がある人に限る
◎断ることで失うものよりも、得られるものの方が大きい(66ページ)。
※ただし、断らなかった仕事で結果が出せる人に限る
◎「なぜ嫌われるか」の原因を分析しよう(89ページ)。
※ただし、論理的な分析ができそれを次の現場に活かせる人に限る
◎嫉妬されるぐらいの人になろう(105ページ)。
※ただし、嫉妬されないコミュニティで気持ちよい生活をできる人に限る
◎「悪意」の奥底にあるバックグラウンドを理解しよう(118ページ)。
※ただし、悪意を理解して改善できる人、あるいは逃げ帰る場所がある人に限る
◎私たちは自分の扱い方を人に教えている(128ページ)。
※ただし、自分の扱い方がちゃんと分かってる人に限る
◎「断る力」を身につけるには、相手との「対等」な人間関係が必要(133ページ)。
※ただし、人間関係において自分が上である場合に限る
※※※すべて、周囲に後れを取らないスピードで出来る人に限る
こんな風になりはしないだろうか。
これは、恋愛至上主義の勧める恋愛観に対して、「※ただしイケメンに限る」と皮肉る2chコピペのパロディでもある。いずれにせよ、弱者は「努力しろ」とだけ言われても、資源・リソースのある強者に最初から負けている以上、どうしても勝てない場合があるのだ。
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氏はそうしたことに自覚的なようで、実は分かってない。
鶏と卵の関係なのですが、よく、「実力があるから断れる」「力関係で強いから断れる」のだろうと言われます。それはまったくその通りです。その否定はしません。
でも、こちらが断るためには、実力をつける必要があります。そして、実力をつけるには十分な研鑽と準備が必要で、そのためには自分の実力が出せないような、余計な仕事をしている暇はないのです。(p17)
これは言い換えると、「十分な研鑽と準備」を、「『余計な仕事』を削って出来た時間」内に終えられる人にしか、チャンスは巡ってこない、となる。能力がある人ほど、能力が伸びる、言い尽くされた格差社会の尻尾がここにも見える。
「十分な研鑽と準備」をやろうと思ってもなかなかエンジンがかからない人は、どうすればいいのだろう。断り続ければ、仕事はたちどころになくなってしまう。
努力しようにも様々なディスアドバンテージがある身にとって、その努力の道筋を指定されてしまっては、「やろうと思ってたのに!」と批判したくもなる。
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◎あなたが言葉を使って言わなければ、絶対相手は分からない。
そのエピソードとして、「アシスタントのメモ事件」を挙げているが、これもよく分からない。
ある時期、私の専任として配属されたアシスタントが、私が出している指示や行動に対して、一切文句も疑問も差し挟まずに淡々と仕事をしているのですが、その効率があまりにも悪いのです。私も最初の1カ月は我慢していたのですが、2ヶ月目くらいからだんだんと理解ができなくなり、その理由を探ろうと思いました。
そして、あるとき、そのアシスタントがたまたまお昼に出かけているときに、ふとなにげなく会社支給のパソコンでそのアシスタントが使っていた画面を別の人が見てみたところ、メモパッドがオープンしっぱなしになっていました。その人があわてて私のことを呼んでくれたので、そのパッドを一緒に見てみると、そこにはなんと
・○月○日何時、××の指示を受けたが、意味がわからなかった
・○月○日何時、お茶を一人で入れてお菓子を食べたが(注・勝間が、ということ)、私に一つも勧めてくれなかった
・○月○日何時、(アシスタントである自分に勝間が)あいさつもせずに席を立った
・○月○日何時、電話で××の入金指示を受けたが、説明が悪かった
というように、延々と私への文句が記載されていたのです。これを見た瞬間、空恐ろしい気持ちになりました。それくらい不満を抱えていたのに、こちらに一度も、ことばで言わなかったのです。(p30)
このアシスタントも変な人だとは思うが、その気持ちの中に、
「どうせ言葉に出しても、上手く言い返されてしまうし…。」というある種の諦めが含まれていたのではないかと思う。
強い/弱い、勝ち/負けの二極論で物事を図っている時点でダメ、と言われてしまうかもしれないが、やっぱり人間は、自分より絶対的に能力や地位が上かどうかを本能的に判断してしまうし、相手が上だと感じたら「いじわる」な方法を取ってしまうだろう。
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「察してあげること」「待ってあげること」、それが以前(といっても大分前だろうが)までの「やさしさ」だった。
しかし現代の「やさしさ」は、「隠さず相手に伝えてあげること」「待たずに指摘してあげること」になって久しい。
すべてが「自己責任」になった社会においてその指摘は「正解」であり、生き抜く術だ。
勝間氏は、極論すると「モタモタしてると死ぬわよ」と言っているのだ。
でも、助けてはくれない。
「自己責任の社会」を生き抜く上でその考えは極めて有効だし、努力できる人、リソースが豊富な人にとってはまったく正しい論である。
しかし、僕はそれよりも「(今すぐは)努力をできない人」「言葉では上手く伝えられない人」を包摂していける社会を選びたいし、その社会の中で努力していきたい。
*1:2chで「ゆっくりしていってね!」という意味の分からないコピペが流行していた(る?)。
_人人人人人人人人人人人人人人人_
> ゆっくりしていってね!!! <
___,∧"´:ト-、 ̄^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄_ __
>,ゝ/ヽ、ノ::V:::_」∠::::7ァ_>ァ、 _,,.. -――C○ィ )  ̄ ̄\
.,:'ィiヽ':::_>''"´  ̄ `ヽ!, // ̄ヽ ゝ○o _ ヽ
/ キア'" ', 、`フ Y //\ / \`L_ ',
,イ / / ,ハ! / ! _!_ i ! Y .,' / ゝ、__,..-、\  ̄`i う) i
'、!,イ ,' /´___!_ i ハ _ノ_`ハ/ ノ | / i イ ,ヘ ヽ \ ` し' |
ノ ', レ、 !ァ´ノ_」_ノレ' レ' ソ`Y i、( ゝ、| 斗jナ ル ヽ、ナ‐- ',ヽ、 ハ ! \
( ソ'´ Vi (ヒ_] ヒ_ン ハヘノ' T{∧{ (ヒ_] ヒ_ン ) i} リ `T ‐ヽ
y'´ ! !. '" ,___, "'ノノハ _ノ ム!"" ,___, ""/ !_」
,' ! , ヽ、_,ゝ'"'" ヽ _ン '"',ハ ! ゝ._ノ人 ヽ _ン ∠ノ |
'、 ゝ、ノ )ハゝ、, ,..イノ ソ `ー‐ >, 、 _,. <_Z_ /ノ/
`ヽ(ゝ/)ヽ,ノイi,` ''=ー=':i´ノ´ンノ / ̄_ヽ`ー-一'イ==≠二
http://www8.atwiki.jp/yukkuri/
特に意味も持たないコピペであるにもかかわらず、これほどまでにコピー&ペーストされるというのは、「ただ意味の分からないものを面白がる」という心性だけでは説明できないと思う。
そこにはきっと、「ゆっくりしていいよ」と言われたい、エンジンがかかるまで時間のかかるダメ人間の無意識が、作用しているのではないだろうか。漏れず自分もそうである。